僕の45年間-1192011/05/24 20:51

 日曜日はテンプルバーが休みでした。かといって僕はのんびりできるほど経済的に余裕はありませんでした。そこで日曜日の仕事を探しました。人伝に洗車場の仕事のことを聞き早速、出かけてみました。作業員の募集をしていたわけではありません。しかし、お金を稼がなければという思いでバス停3つほど乗った海岸沿いにある洗車場に行きました。ブライトンには当時洗車場はここしかありませんでした。1969年ころのことです。

 責任者に会って日曜日だけ仕事をさせてもらえるか訊きました。

 分かったことは、稼ぎたい者は来た順に並んで待ち、7時半に責任者が列の頭から順に雇うということでした。雇う人数はその日の曜日や天気によって異なり、集まった者全員が雇われることも、またはあぶれる者が出ることもあるという話でした。賃金は日払いで、6時に仕事が終わったら支払うと言うことでした。

 今はガソリンスタンドの片隅でも設置される洗車機がありますが、当時はタイヤを乗せる長いレールが2本敷かれた大きな設備でした。洗剤で洗うのと、水滴を機械で飛ばした後の乾燥は手作業でした。クルマ一台の値段がいくらだったのかは忘れましたが安いものではなかったようでした。多くは運転手つきのロールスロイスやジャガー、ベントレーといった高級車がほとんどでした。

 最初の作業は掃除機で内部をきれいにすることでした。ときどき小銭が椅子に挟まっていたり、床に落ちていました。皆それを臨時所得にしていました。
 次は機械で水洗いです。四方八方から勢い良く水が出てきます。その後は洗剤を使って手作業で洗います。終わると車はまた、水洗いのとこに戻されて洗剤が洗い流されます。その後は機械から強い風が吹き出てきて水滴を飛ばします。作業員たちは手に手に大きなタオルを持って飛びかからんばかりの勢いで細部まで乾かします。流れ作業はそこで終わります。客によってはワックスがけを希望する人もいます。その場合には4人でワックスをかけて磨き上げます。

 路面電車のブラッセル駅は地下にあります。2005.12
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