春めいて2017/03/19 19:17

 JRP札幌支部展が終わったのがちょうど1週間前の今日でした。あの日は、鼻水がずるずるで撤収作業はラボフューズのお二人にお願いをしてしまいました。もっとも、いつもながら僕がお手伝いができる隙間は全くないのですが。なにしろ大変厳密にどの箱にどの作品とか、車載するときの手順などを考えて箱の仕分けなどなど綿密な作業なのです。

 以来、一昨日は膵炎の定期検診があり、外出をしましたが、それ以外は引きもっていました。数値は・・アミラーゼの数値が高くなっていました。医師は「う~ん、分からない。入院しますか、それとも様子を観ますか」というので僕は様子を観る方をとり帰宅しました。

 今日は久しぶりに妻と10時ころから街に出てぶらぶらしました。歩道の雪がほぼ消えかかっていて大変歩きやすく疲労感がなく助かりました。11時過ぎにはパルコの8階にある八雲そば店にはいり早めの昼食をいただきました。そのあとはまた、散歩を続け、帰宅したときには6800歩という成果でした。

 さて、明日からまた新しい一週間が始まります。健康に過ごすことができますように祈りながら生活をしたいと思っています。

 写真は春めいてきた札幌中心街のウインドウです。

最終日2017/03/12 09:32

 2017年3月7日から1週間で開催しているJRP札幌支部展の最終日です。初日はこれから1週間ギャラリーに毎日出勤することになるなあ、と思うのですが、始まってしまうとあっという間に最終日です。
 今回も多くの人々との出会いがありました。会場では、遠目にあの人は昨年も来ていただいたとか、この人はポートレイトを撮らせていただいたなとか、いろいろな人とお目に掛かります。
 
 ポートレイトの撮影は毎日10名くらいの希望者がいます。無背景のご自分の写真は写真館に出向けば撮ってもらえるのでしょうがそこまでの強い願望は多くの人は持っていないようです。そこに僕の出番があるのです。
 特段、スタジオを設置することはしません。館内の無背景のところを選んで撮影をします。
 ポートレイトはご自分と正面から向き合うという時間とか機会を提供してくれます。
 その意味で毎年一人二人の人が、写真を手に取った瞬間に涙を流します。5年前にこの企画を始めたころは僕自身がうろたえました。
 先日お撮りした女性は、じ~っと写真を観ていておっしゃいました。「私はこれで自分と向き合える」とぽつりとおっしゃいました。

 僕はポートレイトを差し上げるときにお伝えしています。「額に入れて飾ってください。そして、毎朝、今日も元気で過ごしましょう」と自分自身に語り掛けてください」と。

 札幌市資料館はたいへん静かです。大通り公園の西の端っこに位置しています。BGMは一切流れていません。聞こえるのは来場者がカーペットの上を歩く音だけです。時折、来場者が途絶えることがあります。そんな時は、僕は自分の写真に囲まれて、写真と対峙することになります。

 写真は洋館の窓からその庭を撮ってみました。

JRP日本リアリズム写真集団札幌支部展2017/03/09 17:33

 当団体の写真展は今年で5回目です。設立をした翌年から札幌市資料館のギャラリーをお借りして開催をしています。3回目からは全館貸し切りという規模でやっています。
 写真展ですから写真を展示することが目的なのですが、来訪者にポートレイト撮影の機会を提供したいと僕が提案をして毎年実施しています。
 当初は展が終わってから個別にいただいた住所あてにお送りするというやり方をしましたが手間がかかりすぎるということで、2回目からはプリンターとPCを会場に持ち込んでいます。その場で撮ってその場でお渡しをするというやり方です。
 おかげさまで年々希望者が増えています。今回は毎日10名程の要望があります。

 人物写真の好きな僕としては大変うれしいことです。

 無背景の写真は写真館に行かなければ手に入りませんから、その点でも喜ばれているのかもしれません。中には毎年来てくれる方もいます。或いは大真面目で「遺影ができた」といって喜んでくれる方もいます。

 そんなことで、通常の展では僕はヒマなのですがこのJRP札幌支部展だけは朝から夕方まで撮影、プリントに大忙しです。

JRP日本リアリズム写真集団札幌支部展2017/03/02 17:38

 もうすでに3月に入りました。昨年の10月に退院して以来、もうこんなに日にちが経ってしまいました。信じられな~い、というのが正直なところです。
 
写真展のご案内です。

来週の火曜日から恒例のJRP札幌支部の合同展が始まります。

★JRP日本リアリズム写真集団札幌支部合同写真展2017
★日 時:2017年3月7日(火)~12日(日) 9時~19時(最終日18時まで)
★会場:札幌市資料館 全展示室(2階) 入場無料/月曜休館
     住 所:〒060-0042 北海道札幌市中央区大通西13丁目
    (地下鉄東西線西11丁目駅 1番出口より西へ徒歩5分)
      電話番号:011-251-0731
後援 :北海道教育委員会・札幌市・札幌市教育委員会・北海道新聞社

 僕の作品は2009年にペンタックスフォーラム新宿で展示した「下北半島」です。デジタル写真の進化はカメラにとどまらず、ソフトウエアーやプリント用紙、プリンターにも及んでいます。そこで今回は経済的に可能な限り新しいプリントを用意しました。約23点ほどに縮小しての展示です。

 今回の新しい試みはある高校の写真部作品展示を呼びかけたことです。我々と一緒に展示をすることで互いに刺激になればよいと考えました。

 特別招待作品は室崎和佳子氏(日本民主主義文学会会員)の「チェルノブイリの子供たち」です。
 氏はチェルノブイリ原発を2013年に続き、2016年に再度訪問。今もなお、健康被害に苦しむ子どもたちの「たくさん、たくさん生きたかった」という声を取材。なお、氏の講演会も写真展会場で開催。3月11日(土)13時から(入場無料)。

 というわけで今回も盛りだくさんの、資料館ギャラリーを全館貸し切りで大々的にやります。札幌や近郊の方がおられましたら是非お出かけください。僕は毎日在廊予定です。

どうしたの?上野千鶴子は。2017/02/13 22:01

 僕は昨日、ファイスブックで上野千鶴子氏の記事をシェアしました。その記事について改めて考えています。

中日新聞2017年2月11日
平等に貧しくなろう 
社会学者・東京大名誉教授 上野千鶴子氏

氏は下記のように語っています。

1、「平等に貧しくなろう」
2、人口増えない
3、移民は無理
4、日本は人口減少と衰退を受け入れるべき
5、平和に衰退していく社会のモデルになればいい

これらの文言はずいぶんと悲観的というか否定的だなと思いました。言い換えれば日本の現状を把握しただけとも言えます。
社会学専攻でもない僕でも大なり小なり認識しています。

 そう思っていて望月優大(もちづきひろき)氏のコメントを読みました。厳密には分かりませんが望月氏もまた上野氏と同じような分野を歩んでいる方のように思われます。望月氏は下記のように書いています。
http://hirokimochizuki.hatenablog.com/entry/ueno.chizuko

「もしまだ知識人の役割というものがあるとすれば、そんな冷ややかな目線を軽く跳ね返し、現実的な社会状況とも正しく折り合いをつけながら、理想に近い道がどこにあるかを探り続けることではないかと私は思います。

移民を受け入れることが難しい。ならばどこをどう変えたらその難しさを緩和できるか。社会民主政党が存在せず国家の再分配機能を強化することが難しい。ならばどこをどう変えたらその難しさを緩和できるか。これらの問いに向き合い続けなければ、上野氏と似たような結論から抜け出すことはできません。自分は考え続けるつもりです。」

 僕は望月氏の意見に賛成です。
 若い時から自分が理想と思える勉強の効果は上がらずともそれに近づく努力はしてきました。社会人になっても同じ事です。落胆の連続であっても理想に近づけるように様々な努力をしてきました。
 しかし、上野氏流にいえば、理想はあきらめろ、将来への希望は持つな、努力は無駄だとということになります。

 上野氏はシールズの若い学生らと一緒に理想を掲げ、アベ政権と闘っていると思っていましたが幻想だったのでしょうか。

 下記はツイッターのサイトです。お時間があるようでしたらご覧になってみてください。
https://togetter.com/li/1080097

新聞記事の写真はここで入手しました。

ニュースの真相(映画)2017/02/12 15:54

 「ニュースの真相TRUTH(アメリカ=オーストラリア2015)」をDVDで観ました。お勧めです。

 報道にかかわる職業人が真相TRUTHを追求する際に求められる膨大なエネルギーと強靭な精神力の源はどこから、どのようにして得られるのか、考えざるを得ません。
http://truth-movie.jp/

 日本の政治状況の中で暮らしている僕としては当然ながら、安倍内閣総理大臣の不誠実な、ウソにまみれた前代未聞の政治家とその周辺にいるランチを一緒にする政治記者たちのことを考えずにはいられません。

「2004年、共和党のジョージ・W・ブッシュは再選を目指し、熾烈な選挙戦を繰り広げていた。CBSのニュース番組でプロデューサーを務めるメアリー・メイプスは、現職ブッシュの軍歴詐称疑惑をスクープする。放送後、大反響を巻き起こすが、すぐさま番組が証拠として提示した書類に「偽造では?」の批判が高まっていく。メアリーと取材班は再調査に奮闘するが…。」

下記のサイトもご覧ください。

新作映画『ニュースの真相』を観るべき3つの理由――「真実と事実」の狭間で揺れるメディアの「現実」を映し出す
http://top.tsite.jp/entertainment/cinema/i/30143253/

そうり! こりゃだめだ!2017/01/25 09:24

 僕にも苦い経験があります。英語学校を経営していた頃です。日本人の職員の一人に「先生、encourageの訳語は?」と訊かれました。僕は「『勇気づける』とか『,励ます』じゃないの」と答えました。続けて「animateは?」と。僕は「『勇気づける』とか『,励ます』の意訳は考えられるけれど、辞書的に言うと『鼓舞する』『~に生命を吹き込む』だと思います」と答えました。

 職員 「あ~、はい。コブするですね」
  僕  「え、コマイじゃないの?」
 職員 「先生、だめですよ!あれはコブです」
 
 という訳で僕は鼓舞をコマイと覚えていたことに気付かされ赤面した経験があります。
 もしかしたら、この読者の中にも同じような思い込みで音読みを間違って覚えてしまった方がおられるかもしれません。

 さて、これは日本を代表する内閣総理大臣のおハナシです。

「1月24日の国会答弁で安倍晋三首相が「云々(うんぬん)」という漢字を読めず、「でんでん」と発言していたことが分かりました。これは蓮舫代表とのやり取りで安倍首相の口から飛び出てきた言葉で、プラカードを掲げた民進党や野党を皮肉る言葉を繰り返している中で
「訂正でんでんというご指摘は全くあたりません」
と発言。

あまりにも安倍首相が堂々と言っていることから野党側も気が付いていない感じでしたが、後からジックリと見直してみると、言葉の違和感が強いと言えるでしょう。」

下記のYoutubeで実際の場面を見ることができます。
https://youtu.be/4luEDoxWqOk

原稿を書いた官僚がルビをつけることを忘れたらしいのです。嗚呼。

追伸1:僕は自民党に投票はしていません。
追伸2:言葉に厳密な共産党の志位委員長あたりのご意見をお聞きしたいものですが・・・多分、こういうでしょうね。
「意見?う~ん、日本の歴代の総理大臣のお家芸ですかね」

脳の検診2017/01/17 12:58

 昨日は脳の検診を受けました。毎年10月にやっているのですがちょうど膵炎での入院時期と重なり昨日まで延期になっていました。

 入院中には三十九度もの発熱が一週間も続きました。その後も三十八度前後が数週間にわたり続いた経緯があり、脳も影響を受けているのではないかと気になっていました。年配者が入院後に認知症を発症したとか悪化したなどの話をよく耳にします。
 そんなことで僕はあれやこれや検診結果のことを想像をしていました。何事も同じであろうと思うのですが想像は悪い方へゆきがちです。僕にとっての最大の恐怖は・・認知症になっての暴力的行動です。これは珍しいことでなく僕の周りでも起きています。そんなことになったら妻にトンデモナイ苦労をかけることになります。できるなら避けたいと常日頃思っています。
 ある資料によると「65歳以上の4人に1人が認知症とその“予備軍”となる計算です。」とあります。僕は今度の4月で72歳になりますから可能性は高くなる一方です。どうしましょう。

 そんなことを考えながらの脳の検診でした。診察室に入るなり往年のお付き合いである高橋義男先生は「問題ないスね~。海馬にも・・はい、問題ありません」とあっさりでした。

 写真は数年前のです。僕はこれまでに撮っていた札幌の雪の風景の写真を整理しています。できれば34~5枚で公募に応募したいと思っています。
 その作業をしていて思うことは、本当に集中力が長く続かなくなったナアということです。情けないとは思わないのですが、老化を実感してしまいます。

謹賀新年2017/01/03 09:58

 新年おめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い致します。

 今日は3日です。早くも2017年は3日も浪費をしたような気がします。大変に怠惰に過ごしている2日と12時間です。

 ときどき亡くなった父の年齢を思うことがあります。父が72歳のとき僕は何歳だったのだろうかという類いのことです。

 父は1914年、僕は1945年生まれです。歳の違いは31歳となります。
つまり父が72才のときに僕は41才であったということになります。
 当時、定かではありませんが父はまだ現役であったように記憶しています。日本で一番小さい普通銀行かも知れないと云いながらも、地域経済への貢献については強い自負を持っていた銀行家でした。父は僕が生まれるころには運命の仕業か、すでに頭取を務めていました。日本で一番小さい普通銀行で、合わせて日本で一番若い普通銀行の頭取でもあったようです。

 1986年、つまり僕が41歳であった年は、英語学校を始めてちょうど10年経っていて、多少は勢いを持ち始めたころです。
 その頃になってようやく多少の自信を持って父と話せるようになっていたような気がします。しかし、話す機会はありませんでした。同居するなり同じ街に住んでいれば別だったかもしれません。
 かといって、時折の帰省時にも、父も僕も口数の多い方ではありませんから父の若いころのことを聞き出すなどはしませんでした。
 
 僕が聞きたいと思うことは・・母と出会う前に勉強のこととか仕事のことにどんな夢や希望を持っていたのか、なのです。銀行家になったのは父の本意ではなかったと思われるふしがあるからなおさら興味が湧いてきます。

 父は20年前、82歳か83歳で亡くなりました。さて、と思います。その年まで僕は生きるだろうか、自分は何を最後したいのだろうかなど。

 取り留めのないことを書きています。これは老害かもしれません。

 改めて、今年もどうぞ宜しくお願い致します。

 写真は12月25日のあるホテルの前で中国からの旅行者。若い人たちにはたくさん旅をして、多くを学んでほしいなあ、と思います。

2016年12月31日2016/12/31 19:50

 今年ほど「早いもので」という枕詞に実感を覚えるのは初めてのような気がします。
 1月早々には後縦靭帯骨化症で整形外科に入院しました。もう手術はないだろうと思っていた矢先の5月には急性膵炎で、今度こそはと思ていたら、膵炎の再発で7月に再入院。初夏を多少楽しんだだけで10月半ばまで絶飲絶食の2ヶ月半でした。退院したときの札幌の季節は晩秋でした。多くの人々は暖房器具や除雪器具をどうしようと考え始める時季でした。

 そんなことで、文字通り早いもので、もうあと数時間で2016年が終わろうとしています。
 今年も僕のつたない写真と文章にお付き合いをしてくださった皆様に心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 さて、2017年はどうなることやら、皆目見当もつきません。もう入院はしたくないと思ってはいますがどうなることでしょう。

 写真の方は、退院以来、近頃になってようやくやる気が起こり始めて少し取り組み始めています。
 3月には日本リアリズム写真集団札幌支部の合同展があります。今回は2009年にペンタックスでやった「下北半島」を少し趣向を変えて展示したいと思っています。5点をA1サイズで、残り20点くらいをA3ノビでと考えています。札幌の方にはぜひ見て頂ければと思っています。僕が19・20歳の時の写真です。
 もう一つは「雪の降る街・札幌(仮題)」で、写真を再開した60歳くらいの時からの写真を整理しています。僕の願いとしては、ペンタックスで展ができればと思っていますが・・・どうなることやら。

 このブログを訪れてくださっている皆々様におかれましては、どうぞお元気で、良い新年になることを祈願しています。

 一年間有難うございました。来年もまたどうぞ宜しくお願いします。

 写真は今日昼過ぎの狸小路です。
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