発想の違い2013/05/20 23:38

 旅行をして面白いとか楽しいと思うことは人それぞれあると思います。日本では見ることができない景色であったり、珍しい食べ物であったりと様々だろうと思います。
 僕が最も興味がそそられるのは国民性とか民族固有の考え方が何かの拍子に見えたり感じられたりする時です。無論、なるほどと思う時もありますがその逆もあります。どっちにしろ、そういうのを目撃する度に、なけなしの知識を総動員して「なぜあんなふうに考えるのだろうか」とか「あの発想はどこから来てきているのだろうか」などと思いを巡らします。

 21歳のときに初めて船に乗ってヨーロッパへ旅行をしました。今ではそんな船旅をすることは贅沢の極みだろうと思いますが、当時は飛行機で旅行することは百万長者でなければできないことでした。
 僕は、週に一度はベッドのシーツが真っ白なしわ一つない清潔なのに交換され、日に4食と2回のおやつ代が含まれて、ピッタリ一か月間船に揺られて10万円という船底の船室の旅をしたことがあります。1966年の年末でした。
 横浜を出て初めての寄港地は香港でした。無論、見るものも聞こえてくるものも、その街の匂いすら初めての体験でした。買い物をしてもお釣りの数え方が違うとか、値札にかかれている価格は目安程度で価格交渉をして初めて本当の値段が分かるなどは初級クラスのことだと思うのですが、異文化体験の始まりでした。

 パリから4時間弱電車に乗ったところにアヌシーという街があります。写真はその街中を走っている2連結のバスの車内です。座席が設置されている床は平面ではありません。乗り降りを容易くするために低床式になっているので、統一された高さの床面に整然と椅子を並べるということはできません。
 乗降口は路面から一段だけの高さになっています。乳母車を押している人や足の弱い人などには乗り降りが大変楽です。タイヤが収まっている床は他の部分に比べると格段に高い位置にあります。おのずと椅子の位置も大変に高く、大げさではなくよじ登ることができるのは元気な人だけです。

 札幌ではあいにくこのようなバスは運行されていないと思います。東京では乗ったことがありますがここまで徹底して、設計の優先順位を床の平面性よりも乗降の利便性に求めたのはないような気がします。

 良し悪し、賛成か不賛成かは別として、街を散歩しているとその国や民族の優先順位のつけ方の特徴が見えることがしばしばあります。
僕は自分の見慣れたすすき野周辺をちょっと斜に構えて眺め、行政の街づくりの優先順位や商売をしている店の優先順位を探って楽しんでいます。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://tadashi.asablo.jp/blog/2013/05/20/6816828/tb

Free Access Counter Templates