僕の干支2016/12/27 20:08

 2017年は僕の干支です。つまり、6回目の干支で72歳になるのです。今日妻にそれを言われて一番先に頭に浮かんだのは次回の酉年には生きているのだろうか、です。
 7回目の干支には84歳です。それまで健康に生活できればよいのですが神様はそうさせてくれるかどうか分かりません。
 71歳になった時には何とか80歳くらいまで活動が出来ればいいなァと思いました。翌年の2017年が酉年であるとは考えもせずにです。

 今年は3回も入院をしました。そのうちの2回は膵炎でした。これは腹痛が激しく、食事はもとより飲み物も絶対ダメという絶飲絶食が絶対的な治療法という病気です。2回目は2ヶ月半も入院しました。僕は高熱にうなされながら医師や看護師に幾度も懇願しました。「まだやりたいことがあります。何とか治してください。あと10年生きたいのです」と。
その甲斐があってかどうか10月半ばには退院できました。

 しかし、膵臓には脂質が天敵なのです。僕の場合、日に20グラムまでと制限があります。買い物行くと商品の裏面の表示に「脂質・・1g」などと書かれているのをチェックしたうえで買うかどうかを決めることが習慣になってきました。

 そんなことで2016年の殆どの時間を入院に費やしたので、大変悔しい思いをした一年間でした。

 先回の酉年には僕は60歳でした。べテル英語センターの授業を辞めて翻訳だけに絞り、写真を40年ぶりに再開し公募に応募し始めるなど、ある意味で節目の年でした。あれからの12年間僕は何をやってきたのだろうかとこれを書きながら考えています。
 今年の入院騒ぎは別として、老後の準備、写真の個展、住居を雪の心配のないマンションにするなどとそれなりに中身は濃いものであったと思っています。

 さて、年が明けると僕の干支です。60歳から71歳までと同じような体力や気力は期待できませんがボチボチといきますか。

 写真は2004年11月下旬、当時住んでいた澄川で撮ったのです。ちょうど12年前です。当時は自分が銀座や新宿で個展ができるとは夢にも思っていませんでした。

コメント

_ ラボフューズ いとう ― 2016/12/28 13:58

父も酉年です。来年は84歳の年になります。
1999年に脳梗塞で倒れた時の、ストレッチャーで運ばれている姿は、今も記憶にあります。
白く青ざめた顔に、ちょっとした“覚悟”を強いられた初めの体験です。
それから幾度となく“覚悟”を迫られる入退院はしましたが、現在も元気に過ごしています。
左半身には不自由を感じていると思いますが、総じて元気で、数字関係には、私以上にしっかりしています。(^_^;)
目下の願いは、運転免許証返還の説得に応じてもらうことです。
なかなか頑固に『自分は大丈夫、ベテランだ!』と納得しません。
それが一番危険なのですが…。
それでも、元気でいてくれることに、感謝の日々です。

大坂さんも、良い酉年を過ごされますよう、心よりお祈り申し上げます。

_ 大坂忠 ― 2017/01/03 12:48

伊藤さん、お父さんと同じ酉年とのこと、僕もその年齢まで健康でいたいと思います。宜しくお伝えください。
僕も幾つまで運転するのかと自問自答しています。高齢者の交通事故のニュースに接する度にヒヤヒヤしています。

さて、年が明けてしまいました。3月の展のことお世話になりますが宜しくお願いします。
また、「雪降る街、 札幌」の趣旨で古い写真を掘り起し、不足分は今冬ので体裁を整えて、という作業を始めています。運が良ければ・・・その節には第一に報告をします。去年の分を取り返さなければ(笑)

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