「政権の暴走」というキーワード2015/09/23 21:09

朝日新聞デジタル2015年9月20日(政治断簡)
「暴走」政権の行き着く先は    編集委員・前田直人

 死力を尽くすような連日の反対デモ。安全保障関連法の成立を譲らぬ安倍政権。その対立の一線で飛び交ってきた「政権の暴走」というキーワードがいま、脳裏をよぎる。

 あわせて思い出すのは、安倍晋三首相が今月4日に出演した民放テレビ番組で語ったこんな言葉である。

 「よく『暴走』と言いますがね。暴走してどこへ行くんですか。いったい、私が暴走して何をするんですか。むしろ『暴走する』と言う人に聞きたいんですよ」

 暴走しているつもりはない、ということらしい。反対する人たちとのすれ違いを象徴する発言だった。

     *

 国会が緊迫しつつあった16日朝、東京のJR恵比寿駅前。「安倍政権の暴走許さない」などと書かれたプラカードを掲げる人たちがいた。

 喜劇の老舗劇団テアトル・エコーの団員約30人。「安保法制と安倍政権の暴走を許さない演劇人・舞台表現者の会」が、それぞれの最寄り駅でおこなうよう各劇団に呼びかけた抗議行動だった。

 いつもは夢と笑いをふりまいている劇団員たち。静かにたたずむ駅頭の姿は、そのイメージとはまるで違った。

 演劇制作部長の白川浩司さん(42)が、思いつめたように話してくれた。

 「国会の答弁はしどろもどろなのに、数の論理で成立を押しつけてきた。なぜそんなに急ぐのか。まったく納得できない。私たちの先輩は戦前の反省を踏まえた反戦平和、民主主義を大切にしてきた。それが崩されるのが怖い。声をあげないと大変なことになると思っているんです」

 多くの「違憲」の指摘をかえりみず、国会答弁はブレ続け、自民党からは高圧的な発言が続出。思想や主張が異なる人の声を切り捨て、自らに同調する人のみを大事にする。そんな姿勢こそが、「暴走」と映っているのだ。

 「安倍政権に反対すると、『左翼だ』と切り捨てられるような空気すら感じる。うちはノンポリの劇団です。いま立ち上がらなければ、後悔してしまうという思いで個人が声をあげているんです」

 豊かな表現に生きる人が「暴走」におののき、「つぶされてしまう」と感じるほどの危機感。かたや自民党の新憲法草案は国防軍創設をうたい、表現の自由や基本的人権を制約し、個人主義を軽んじる。不安の根は随所にある。

     *

 これまで安倍政権は、二つの顔を使い分けてきた。「経済最優先」だと言って選挙に臨むときの顔。そして、大型選挙が遠いうちに、特定秘密保護法と安保法制という不人気政策を通す顔である。

 「後出しじゃんけんがひどすぎる。もうだまされないぞ」と白川さんの不信感は募る。デモに参加した多くの人からも同じ思いを耳にした。

 次なる審判のときは、来夏の参院選である。こんどは選挙のあとになったら、どんな顔を見せるのだろう。

 「暴走」してどこに行くのか――。切り捨てられた反対者たちは、まさにそれを知りたがっているのである。
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