僕の45年間-200 ヨーク・ホテル2011/11/18 23:19

 僕のヨーク・ホテルでの当面の仕事は土曜日の夕食から日曜日の朝食、昼食、3時のTeatime、そして夕食までの皿洗いでした。他の曜日はバーバラさんという60歳くらいの女性がやっていました。Mr. Whitingが僕を半地下のキッチンへ案内をしてくれたときは土曜日の3時のお茶の時間の後片付けの時間帯でした。バーバラさんはのんびりと後片付けをしていました。Mr. Whitingは仕事のことを彼女に聞くようにと言って出てゆきました。
 彼女は外国人で英語の下手な若造が出現したのにも関わらず、特別な関心を示すこともなく、手巻きのくわえタバコでいろいろと説明をしてくれました。
 「You know, Mr. Whiting and others are all queers. You should know that.あのね、Mr. Whitingとか他の連中も同性愛者だってことよ。知っといた方がいいよ」
 「Are there any problems with that?それには何か問題がありますか」
 「Not really. Just some people are bothered by those things. いや、特には。人によっては気にするからね」
 僕は日本に居るときには同性愛者と知り合いになったことは有りませんでしたが、ブライトンに来てすでに数人の同性愛者と知り合いになっていました。以前に書いたTemple Barで働いていたときの料理人のルイさんやバーテンダーのジョージさんがそうでした。僕は皆紳士的?で気遣いに長けた人々という印象を持っていました。個々の仕草や言葉遣いに特徴があり、始めは少し奇異な感じがしましたが直に慣れてしまいました。その後も方々で同性愛者と知り合いになりましたが気分を害されたという経験は一つもありません。
 バーバラさんも全く気にならない風で、Mr. Whitingや他の男性職員とそのこと自体を冗談にして話していました。
 彼女は朝7時に出勤してきて、夕食が終わる8時頃までホテルの中で過ごしているようでした。時々、近所に散歩に出かけたり買い物に行ったりはしているようですが大方の時間を半地下のキッチンの洗い場で過ごしていました。競馬の新聞を読んでいるか居眠りをしているようでした。

 写真はプラハの中心部で見つけた教会。2004年12月
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