僕の45年間-192 フラット2011/11/10 22:45

 電気を点けてベッキーさんが目を覚ますかなと思った瞬間、ドアの右側にある洋服を下げておくクロゼットの中からガシャっという機械音がして、点けた筈の電気が切れてしまいました。部屋はまた廊下からの明るさに戻ってしまいました。窓のカーテンは開け放されていたので外の街灯からの光もあり真っ暗というわけではありませんでした。
 このガシャっという機械音には慣れていました。テレビを観ていてもガシャっという音が聞こえると真っ先にポケットに手を入れるのでした。

 ベッキーさんはそのガシャっという機械音で目が覚めたらしく「今、何時なの?」と言いました。

 当時の家具付きフラットの電気とガスはコインを入れて使うというのが普通でした。
 クロゼット内の片隅に高さが30センチ、幅が20センチくらいの金属の電気用とガス用の箱がそれぞれ据え付けられていて、電気やガスが配管されています。早く言えば電気やガスの自動販売機のようなものです。集金をするのは大家さんです。

 イギリスの通貨は、1971年初めまでは12進法と20進法が使われていました。慣れないと大変複雑なものでした。つまり、1ポンドが20シリング、1シリングが12ペンス(ペニーは単数のみ)でした。現在は1ポンドが100ペンスで、シリングがなくなりました。
 
 ベッキーさんは「Have you got a half crown?ハーフクラウン(2シリング6ペンス)持ってる?」と眠そうな声で僕に訊きました。
 機械にはハーフクラウンと言われるコインを入れるのです。僕はポケットに手を入れてガシャガシャとコインを取り出し、機械に入れました。瞬間、電気がまた点灯し部屋は明るくなりました。ベッキーさんはいかにもまぶしそうに顔に手を当てながらベッドから降りました。
 
 「うっかり眠っちゃった。ごめんね。自分の部屋に戻るわ。ところで、私のところも電気が切れているの。もし、ハーフクラウンがあったら貸してちょうだい」といいながら手を出しました。僕はまたポケットからあるだけのコインを手に乗せて、どうぞ、といいました。


 写真は人気のないパリ・モンマルトルの楽師 2004年12月
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