サクラレター ― 2016/04/18 16:43
僕にとって女性は、何かしら、崇高な感じがしていました。だいたい、僕は学業がぱっとしませんでしたから劣等意識が強く、また、女子は誰でも成績が良いと思っていましたから恐れを覚えていたと思います。マア、その2人の女性は美しく、才媛でした。
高校のときは「女子部」という名称で同じ学校でしたが、校舎も授業も全く別でしたから話したことがありません。グラウンドを挟んだ反対側の校舎を眺めるのがせいぜいでした。
大学は共学で、同じ文芸学科でしたから一緒にたむろしていました。一回目に「こりゃまずい」と思ったのは、N子さんは詩を書く人だと分かった時でした。しかし、僕は詩は苦手でした。2回目に「こりゃまずい」と思ったのは、共通の友人からN子さんは「田園調布に住んいる金持ちだ」と聞いた時でした。当時、田園調布には叔父たちが住んでいて何度も遊びに行っていましたから、どんな人種が住んでいるところか分かっていました。中3で東京に出てきて4年目の田舎者には「無理」と思いました。
大学2年の時だったと思いますが、何かの拍子に僕の住んでいた京王線の東府中の家に遊びに来たことがありました。記憶はしていませんが多分、文学論みたいなことを互いにしゃべったのだと思います。夕方、駅まで送って行きました。その途中、N子さんは僕に告白をしました。駅までは5分もかからない距離でしたからあっという間でした。当時の東府中駅は小さな駅で踏切を渡るとすぐにホームでした。 告白を聞いたのはその踏切を渡ったところででした。ホームにはすでに電車が入っていました。N子さんはそそくさと電車に飛び乗って新宿方面に消えてゆきました。
告白は、僕が想像もしていなかった内容でした。N子さんは大学を中退して会社員と結婚をするというのです。僕は、そんな馬鹿なと思いながら「詩作はやめるの?」としか言えませんでした。
2009年だったと思います。僕が新宿で「下北半島にて」という写真展をやった時に、大学時代の友人A君が来てくれました。42年ぶりにあれやこれや話しました。そして、話題の一つがN子さんという人がいたよね、となりました。A君は僕の当時の気持ちを知りません。
「そうそう、いたね、N子。だけどね、彼女は亡くなったよ。数年前かな。乳がんだったって。早すぎるよね。」
掲示の新聞記事を読みながらそんなことを思い出していました。
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