原発は危険、判決の信念=・樋口英明元福井地裁裁判長2018/08/04 14:44

 今朝の朝日新聞の記事を読んで改めてここに記しておかなければならないと思いました。個人的な備忘録の意味しかないということは重々承知しているのですが・・・。

 現在の混沌とした政治状況から脱却することができるなら、樋口英明裁判長の判決文は必ず中高校生の学習教材になり、中高校生は多くを学ぶことになるのではないかと思っています。

朝日新聞 朝刊 2018年8月4日
「原発は危険、判決の信念 元福井地裁裁判長・樋口英明さん」
(記事のほんの一部だけの転載になります)

 福島の原発事故後では初めて、運転差し止めを命じた関西電力大飯原発3、4号機をめぐる2014年の福井地裁判決。しかし、控訴審で名古屋高裁金沢支部は7月、一審判決を取り消し、住民の請求を棄却する逆転判決をした。一審で裁判長を務め、昨年8月に退官した樋口英明さん(65)に、判決に込めた思いを聞いた。

――日本の原発の現状は。

 「小さな船で太平洋にこぎ出している状況に等しいと思います。運がよければ助かるかもしれませんが、そうでなければ日本全体が大変なことになります。一国を賭け事の対象とするようなことは許されるはずがありません」

 ――「かような事態(福島原発事故)を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべき」という一文もあります。原発訴訟にはあまりないストレートな表現が、話題になりました。

 「高校生が読んでもわかるような判決にしようと考えて書きました。原発訴訟を高度な専門訴訟と考える人も多いかもしれませんが、地震の問題は、高校時代に習った知識でも十分理解できます。必要なのは良識と理性です」

 ――「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」の文にも驚きました。

僕がこの判決文の中でもっとも崇高だと思ったのは下記に分です。

「被告(注・関西電力)は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等を並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的に許されないことだと考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」

僕は2014年5月22日に下記記事を書きました。
http://tadashi.asablo.jp/blog/2014/05/22/7319045
参考URL
http://blogos.com/article/87320/

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