村上肥出夫さん2018/07/23 19:49

 これまで何回もここに書かせていただいたことがある、村上肥出夫さんが亡くなりました。
 12月には新たに画集が刊行されることになっていますが、その編纂者の池田さんからご連絡を頂戴し、知りました。

以下は地元の岐阜新聞のWEB記事です。
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村上肥出夫さん死去 画家「色彩の魔術師」
7/19(木) 8:03配信 岐阜新聞Web

 「色彩の魔術師」とも称され、厚塗りのマチエールと独自の色使いで日本やヨーロッパの風景を描いた画家村上肥出夫(むらかみ・ひでお)さんが11日午前3時40分、敗血症のため、岐阜県下呂市の老人福祉施設で死去していたことが18日、分かった。84歳。土岐市出身。葬儀は近親者で行った。

 土岐市に生まれ、養老郡養老町に育った。ゴッホに憧れて独学で絵を学び、20歳で上京。銀座の路上で絵を売っていたところ、彫刻家本郷新に見出され、才能を開花させた。1963年に銀座の個展で鮮烈なデビューを果たすと、画家林武、文豪川端康成らに称賛され、一躍時代の寵児となった。

 60年代には、戦後の面影を残す神宮や秋葉原などを重厚なマチエールで描き、見る者の心を揺さぶった。一転、パリ遊学などを経ると、描く風景画に青やオレンジの原色が加わり、大胆で鮮やかな構図から「色彩の魔術師」とも称された。79年に帰郷後は下呂市萩原町にアトリエを構えて創作を続け、20年ほど前に体調を崩し療養生活を送っていた。

 県美術館の廣江泰孝学芸員は「戦後の日本のアートシーンにきら星のごとく輝き、時代に愛された画家だった」と評した。岐阜新聞社
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村上さんのことは下記の僕のブログに書かせていただいています。
<僕の過去のブログ>
http://tadashi.asablo.jp/blog/2009/12/15/4758488
http://tadashi.asablo.jp/blog/2009/12/23/4773913
http://tadashi.asablo.jp/blog/2011/09/03/6087502
http://tadashi.asablo.jp/blog/2011/09/05/6088940
http://tadashi.asablo.jp/blog/2011/09/05/6089715
http://tadashi.asablo.jp/blog/2011/09/06/6090430
http://tadashi.asablo.jp/blog/2011/09/07/6091491
http://tadashi.asablo.jp/blog/2016/03/21/8054493
http://tadashi.asablo.jp/blog/2016/03/22/8055429

 村上さんに会ったのは僕が21歳の12月でした。フランス航路カンボジア号の一番格安の船底のキャビンでした。船賃はちょうど10万円でした。
 30日間の船旅で、朝から晩まで、寝て食べて、地中海はまだかな~と話しながら甲板を散歩しました、そして、氏は二段ベッドの上段に横になりながら、パリを目指しているにもかかわらず分厚いイタリア語の辞書を真剣なお顔で眺めていました。そして、1ページづつむしゃむしゃと食べて飲み込むのに苦労をしながらも、イタリア語を憶えたつもりでした。

 村上さんはそんな方でした。

 僕は今日までのいろいろな場面で村上さんのお人柄を思い出しながら生きてきたように思います。

 ご冥福をお祈りします。

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