僕の45年間-3 ― 2009/11/27 21:09
日本交通公社で分かったことはフランスのマルセイユ港まで10万円で一ヶ月の船旅であることや12月に船が出る予定であると言うことでした。そのときに僕は担当者に何度も念を押しました。一ヶ月の船旅で10万円ということは船に乗って寝るところがあり、三度三度の食事が付いてのことだということを。担当者は、船室は船底ですよ、と判決でも言い渡すように言いましたる
僕は単純に外貨500ドル、当時は1ドルが360円でしたから18万円と船賃の10万円で必用なのは28万円と計算をしました。
持ち出せる外貨が500ドルという意味は、当時の日本はそれ以上の外貨を個人に提供するだけの力がなく、泣いてもわめいてもそれ以上の入手はできないということなのです。むろん闇マーケットでのドルは横浜あたりで買うことができたようですが、所詮はお金がなければ買うことはできないわけで僕には無縁のことでした。
アパート代は一畳千円というのが相場の時代でした。
僕はアルバイトを懸命にやりました。毎日、その日その日の賃金を計算して目標の金額まで後いくらと考えていました。
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