鳩山由紀夫の「友愛」2009/09/01 23:55

日本の政治風景が民主党の大勝によって大きく変わるのではないかという雰囲気の近頃です。
その民主党の代表である鳩山由紀夫が掲げている言葉に「友愛」があります。僕はこの言葉が日本の政治家によって使われていることに強い興味を持ちました。
(僕の誤解ならよいのですが)このような言葉で理想を語ると日本の大人の社会、強いては政治の世界において青臭いwet behind the earsとやゆされがちのように思うのです。しかし、鳩山はこの言葉を使っていると言うことに、氏の政治哲学があるように思いました。
僕はこの言葉を氏の立場で公に言えることの勇気、気概、気骨に敬意を表したくなりました。


鳩山氏は「友愛」の意味をこのように説明をしています。
「武者小路実篤は「君は君、我は我也、されど仲良き」という有名な言葉を残している。「友愛」とは、まさにこのような姿勢で臨むことなのだ。 」


僕は若いときに武者小路実篤の著作は大方読みました。多分、自分の性に合っているのかもしれません。しかし、武者小路を読んでいる、と他人にいうと「あァ、あの理想主義の」と一笑されがちでした。
鳩山氏も僕と同じ世代ですから、同様の経験を持っているかもしれません。


氏はまた、
『私が「友愛」を語るのを聞いてなんとなく柔弱な印象を受ける人が多いようだ。しかし私の言う「友愛」はこれとは異なる概念である。それはフランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」の博愛=フラタナティ(fraternite)のことを指す。』と語っています。
自由・平等・博愛の仏語 Liberté, égalité, fraternité
自由・平等・博愛の英語 Liberty, equality, fraternity (brotherhood)



今日のTVニュースで、国会を見学にきた中学生に遭遇し、握手を求められている鳩山由紀夫の様子が出ていました。僕はそれを見ていて思いました。もしかしたらこの年齢ですでに「友愛」という語彙はなくなっているかもしれない、と。


「友愛」用の適当な写真がありません。
掲示をしたのはフランスのTシャツ通販のサイトで見つけたのです。
念のため。
http://www.zazzle.com/

鳩山由紀夫の「友愛」22009/09/02 22:00

期せずして今朝の朝日新聞朝刊「天声人語」に下記のを見つけました。
昨日の続きを、という意図はないのですが、ついついこういうのに反応してしまうのもまた、自分かなと思っています。


朝日新聞天声人語09.9.2(抜粋)
▼古い記事を読んでいたら、中曽根元首相が、当時新党さきがけの代表幹事だった鳩山由紀夫氏に注文をつけていた。「政治は、美しいとか、キラリと光るとか、形容詞でやるのでなく、動詞でやるものだ」と。13年前、旧民主党を結成する直前のことである▼辛口の意見に、鳩山氏は「行動の前に哲学的な形容詞を大事にするべきではないか」と反論していた。政治スタイルや人生観の違いだろう。氏は今も、「愛のあふれる」といった、扱いの難しい言葉を好んで語る。哲学を重んじる姿勢は変わっていないようだ。


皆さんはどちら?又は、こんなことはナンセンス、ですか。


1、走り出してから考える中曽根型→動詞で政治
2、よく考えてから走り出す鳩山型→形容詞で政治


いずれにしてももうじき誕生する鳩山内閣総理大臣の語録に注目したいな、と思っています。


散歩途中に、全く予期していなかったのですが出現してくれた虹です。とっさにカメラを取り出して、2枚ほど撮るのが時間的に限界でした。
これは中曽根型、それとも鳩山型?
札幌大通公園にあるTVタワーです。
昨年の10月に撮影をしました。

ジョン・トムソン2009/09/03 23:05

8月31日につじさんがジョン・トムソンについて書き込みをしてくださいました。その中にリンクがいくつかありますがごらんになっておられますでしょうか。
時代は異なりますが似たような写真を撮っていました。2005年の12月、クリスマス時期のベルギーの首都ブリュッセルです。


僕が知る範囲では、ジョン・トムソンの作品の題「The Crawlres]は「乳児服,はいはい着」です。もしかしたら別の意味があるのかもしれませんがどうでしょうか。


このような写真は作者が誰かはすでに重要ではなく、その作品が独り歩きをして、鑑賞されるなり、資料として用いられるのかもしれません。
たとえ「作者不詳」であっても1877年のロンドンの街の風景の記録として重要な写真であろうと思います。
異論はあるかもしれませんが誰の作品と言うよりは撮影された年代や場所が重要であるような気がします。


先日のある新聞記事に、考古学の分野ではフィルムの生産がだんだんなくなるのではないかと危惧していることが書かれていました。デジタル化が進むのは一般的にはいいとして、この分野での写真記録はやはり従来のフィルムに依存しているということでした。
デジタル写真の保存能力は実時間の中ではまだ実証されていず、反面、フィルムはジョン・トムソンの写真のように130年以上も保存可能であることが実証されているので、やはりフィルムの信頼度の方が高いようです。

映画「扉をたたく人」2009/09/15 21:53

先日、映画「扉をたたく人」を観ました。
http://www.tobira-movie.jp/
原題「the visitor」より邦題の方が内容に合っているような気がしました。
「扉をたたく人」とは誰のことなのだろうかと思ってみました。映画には確かに扉をたたく人がいます。不法滞在者であるとかその人の母親とか。しかし、本当に扉をたたいている人は本人、ここでは大学教授役のリチャード・ジェンキンスではないかと思うのです。転じて映画を観ている人も同じ立場ではないかと思うのです。


僕は、様々なしがらみや何の価値もない見栄を捨てて解放されつつある自分を意識したのは50歳を過ぎてからでしょうか。いい人ぶる必要はないことを強く意識させてくれたのは妻です。しかし、未だに常識を持って振る舞う良き社会人を演じようとする自分が、多くの部分を支配していることは認めざるを得ません。



僕が敬愛する作家、南川泰三氏のブログに氏の作品「グッバイ艶=作品社」について書かれたページがあります。タイトルは「この人、パンツ脱いではるなぁ」です。
http://taizonikki.exblog.jp/10992508/
http://www.amazon.co.jp/gp/aw/d.html?a=4861820308
この映画はまさしく主人公が社会的な様々なよろいを脱ぎ捨てて、見栄を張ることを止め、パンツ脱いだ精神状況に至るまでのことを画いているように思いました。最後の地下鉄駅の場面で、主人公は自由人になった風でした。


もしかしたら南川氏は「グッバイ艶」を通して、また、この映画の大学教授はアフリカのドラムを通して、I pretend I am working (仕事をしているふりをしている)から自らを解放し自由人になったのかもしれません。


僕がシャッターを押す瞬間というのは、もしかしたらその人に一瞬の「解放」を見いだしたときなのかもしれません。
しかし、解放された自由人がポートレートを撮ったらどんな作品になるのでしょうか。

デジタル加工2009/09/23 22:21

従来のフィルム写真では考えられないような加工ができるようになったのがデジタル写真です。
しばらく前ですが東京新宿のエプソンのギャラリーで森山大道の作品をデジタル化し、それに若手のモダンアートの作家らが新たな息を吹き込むという試みの展示をやっていました。切ったり貼ったりという手作業がPCでできることの利便性は様々な表現の可能性を含んでいるのかもしれません。


この写真はほんの遊びですがどうでしょう。
ストーブの火をカラーのまま残して、残りをモノクロに変換してみました。

デジタル加工-22009/09/23 22:46

デジタル加工は、ソフトウエアーを上手に使えるといろいろなことができます。しかし、作品を作るとなると豊かな創造力がないと宝の持ち腐れとなるような気がします。
僕はソフトウエアーの機能をあまり使えませんし、創造力も想像力も乏しいですからこの程度かなと思っています。

作品を見る人2009/09/24 23:00

以前にも書きましたが9月30日からの僕の個展がだんだん近くなりました。ドキドキしています。


大坂忠写真展「下北半島にて」
会場:ペンタックスフォーラム新宿
会期:2009年9月30日~10月12日(休館:火曜日)
アクセス:http://www.pentax.jp/forum/access.html


期間中は会場にいますのでお声をかけてください。
お話ができれば嬉しいです。


写真はキヤノンギャラリー梅田での「玉撞き屋の千代さん」の会場です。

作品を見る人-22009/09/25 21:58

やはり「玉撞き屋の千代さん」写真展の風景です。
この女性もゆっくりゆっくりと時間をかけて拙作を見ていました。

作品を見る人-32009/09/27 00:42


作品を見る人-42009/09/27 00:46


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